
漆塗りは木材を守り、職人の技術が文化財を未来へ伝える
樽 井 宏 幸
Profile
樽井宏幸 氏
1974年生まれ。父 春日大塗師職預 樽井禧酔に師事。薬師寺大講堂、春日大社 第六十次式年造替 御神宝御調度製作助手など。奈良の多くの社寺の漆塗に従事。
塗師の道を歩むきっかけは?
奈良の塗師の家に生まれ、代々が漆塗りをしていたため自然とこの道に進みました。21歳で修業を始め、20代後半には薬師寺大講堂での仕事を経験しました。お堂で法具の塗りに携わる中で、それまで学んだ漆塗りの工程の「点」が「線」で繋がり、「こういうことか!」と漆を塗ることの本質が理解できました。
「塗師屋」とはどういった仕事でしょうか?
塗師屋は漆を塗るだけでなく、道具や家具、社寺の修復など幅広い仕事を担う職人です。漆という素材は、300年、400年で捲れていきます。それを修理・修復したり、新調しなおしたりするのです。自分の作品を作るのではなく、依頼に応じた最適な技術を提供することが特徴です。社寺の須弥壇から和菓子屋の椀まで多様なものを手がけられる柔軟性を必要とされます。この仕事の幅広さには魅力がありますし、私自身、塗師屋であることに誇りを感じています。
印象に残っている仕事は?
薬師寺東塔や唐招提寺講堂の須弥壇修復は特に印象深い仕事です。1000年以上続く社寺の歴史を支えるのは、数百年ごとに行われる修理です。時代ごとに適した技術を持つ職人が必要とされます。その役割を担えたことは幸運でした。また、手向山八幡宮の御鳳輦(鳳凰の飾りのある神輿のこと)の新調も心に残る仕事の一つです。
塗師として大切にしていることは?
漆は木材を守る重要な素材です。修復では昔の職人が大切にしてきたものを未来へ繋ぐ責任を感じます。奈良という特別な土地で、古代から受け継がれる本物の技術を目の当たりにしながら仕事ができることは、本当にありがたいことですね。
国栖の紙漉き
千年持つ和紙で文化財を支え伝統技術を未来へ
福 西 正 行

Profile
福西正行 氏
1961年生まれ。福西和紙本舗六代目。「表具用手漉和紙(宇陀紙)製作」選定保存技術保持者。国内外の美術館、博物館に修復用の和紙を納める。奈良県内の伝統工芸の授業で紙漉体験教室の開催などを行う。この地域での和紙づくりの歴史を教えていただけますか?
国栖の和紙づくりは、大海人皇子(のちの天武天皇)が壬申の乱でこの地に滞在した御礼に、里人に製紙と養蚕を教えたのが始まりとされています。この地域は耕地が乏しいため、紙づくりが重要な収入源でした。江戸時代には宇蛇の紙商が流通を担い、『宇陀紙』や『国栖紙』として全国に知られるようになりました。特に宇陀紙は文化庁から『選定保存技術』として保護されており、私たちもその技術を守り続けています。
宇陀紙の特徴について教えてください。
宇陀紙は文化財の修復に欠かせない和紙です。その寿命は1000年とも言われます。強靭さ、柔軟性、伸縮しない安定性が特徴で、宇陀紙に混ぜる白土のアルカリ性と本紙の酸性が中和されることで長持ちするんです。この特性が国内外の文化財修復に高く評価されています。私たちは寒い時期に漉くことで紙を締め、文化財に合わせた厚みや色を調整するため、試行錯誤を重ねています。
和紙づくりの現場には海外からも関心が寄せられていると伺いました。
はい、海外の修復専門家も訪れるようになりました。例えばポーランドやフランスの文化財修復現場でも宇陀紙が使われています。私が現地に赴くこともありますが、こうして日本の伝統が世界で役立っていることに誇りを感じます。これからも天武天皇から伝えられたこの技術を守り、次世代へとつないでいきたいですね。