祈りの回廊

祈りの回廊 2019年秋冬版

地獄と祈り

 恐ろしい形相の閻魔王像や、すさまじい責め苦を受ける亡者を描いた地獄絵。寺には、温和な仏様だけでなく、恐ろしい地獄の様子を伝える寺宝が伝わっていることもあります。毎年秋に大地獄絵の絵解きを行っている長岳寺の北川慈照住職は、「地獄絵に描かれた恐ろしい情景は、形を変えて私たちの社会にも存在します」と話します。

地獄道

地獄道:六道の中でも最下層の地獄道は、閻魔王が支配する世界。罪人はその罪の重さに応じ、8 つの地獄(八大地獄)のいずれかに堕とされる。

三途の川

三途の川:冥界と娑婆を分ける川。
亡者は上流の激流(山水瀬)、中流(江深淵)、下流の橋(有橋渡)のいずれかを渡る

長岳寺はハイキングコースとして人気の「山の辺の道」の中ほど、天理市柳本の龍王山麓にある古刹です。四季折々に花が美しい寺ですが、境内の紅葉が見頃となる頃、本堂では安土桃山時代に描かれた大地獄絵が開帳され、土 ・ 日曜、祝日には、北川慈照住職による現代風絵解き「閻魔の嘆き」が行われます。恐ろしい地獄絵についての解説ですが、ユーモアたっぷりの北川住職の語り口に、参拝者からは笑い声が絶えません。

閻魔王庁(左)

閻魔王庁(左):亡者は死後49日の間に、7日毎、計7 回の裁判を受ける。
閻魔王の裁きは五・七日(いつなぬか/ 5 週目)。上には本地仏が描かれている

 仏教では、人は死後、閻魔王をはじめとする十王の裁きを受け、死者は六道(天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道)のいずれかに送られるとされます。中でも、生前に罪を犯した者が送られるのが、畜生道、餓鬼道、地獄道の三悪道(修羅道を含め四悪道とも)。長岳寺の地獄絵図には、すさまじい責め苦を負う亡者の姿が描かれています。北川住職はその一つひとつを説明しながら「この絵図は死後の世界を描いていると同時に、現代社会を告発するものでもあるんです」と話します。「決して満たされることのない物欲は餓鬼道に通じ、互いに分かり合えず、猜疑心にとらわれる姿は畜生道に通じます。戦争にいたっては、地獄道そのものではないでしょうか」。

来迎図

来迎図:阿弥陀如来が多くの菩薩を連れ、三回忌を迎え極楽往生する人を迎える

 もうひとつ、北川住職が注目されるのが、絵図で十王の上に描かれる、如来や菩薩の姿です。「これは、十王の本地(※)を表しています。例えば地獄の支配者である閻魔王の本地仏は地蔵菩薩。衆生を救うため、地獄も含めた六道すべてを回っておられる仏様です。救う方と裁く方、相手を思いやる“恕(じょ)”と、激しい“怒”が同一の存在。そこに、大きな教えが込められているんです」
 地獄絵図の最後には、阿弥陀如来が菩薩と共に往生する人を迎える「来迎図」が描かれています。「絵図に描かれたものは現代社会にもあると申し上げましたが、この来迎図も例外ではありません。災害が起きた時、手弁当で駆けつけるボランティアの方々がおられる。まさに仏心というべきでしょう」。誰の中にも、地獄の鬼の心も、餓鬼畜生の心も、仏の心もある。地獄絵は我々に、そのことを教えてくれているようです。

※本地:本来の仏・菩薩の姿

長岳寺(ちょうがくじ)

長岳寺(ちょうがくじ)
  • 天理市柳本町508
  • 0743-66-1051
  • JR・近鉄天理駅から桜井駅北口行きバス「上長岡」下車、 徒歩約10分/JR柳本駅から徒歩約20分
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平安時代に弘法大師が創建した寺で、大地獄絵は安土桃山時代に、狩野山楽によって描かれたと伝わります。高さ3.5mの軸9幅からなり、すべて合わせると横幅は11m。開帳は10月23日〜11月末のみですが、それ以外の日も精巧なコピーは拝観できます。絵解き説法「閻魔の嘆き」は開帳期間中の土・日曜、祝日の13時から行われます。


大地獄絵開帳(だいじごくえかいちょう)
2019年10月23日(水)~11月30日(土)
9:00~17:00 ※受付~17:00

北川 慈照(きたがわじしょう)

Profile

北川 慈照

きたがわじしょう
長岳寺住職。昭和17年長岳寺に生まれ、約20年間の公立学校教員を経て、長岳寺僧侶に。平成2年住職に就任。

まだまだある!
地獄を伝えるお寺

白毫寺

閻魔王坐像(重文)写真:白毫寺

白毫寺(びゃくごうじ)

万葉歌にも詠まれた高円山の麓に立つ古刹。宝蔵には鎌倉時代の閻魔王坐像(重文)、太山王坐像(重文)、司録・司命半伽像(重文)などを安置し、1月16日の閻魔王の縁日には、無病息災や家内安全を祈願する「えんまもうで」が行われます。

  • 奈良市白毫寺町392
  • 0742-26-3392
  • JR・近鉄奈良駅からバス「高畑住宅」下車、徒歩約20分 または「白毫寺」下車、徒歩約10分(便数が少ないので要注意)
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矢田寺

地蔵菩薩立像(重文)写真:矢田寺

矢田寺(やたでら)

天武天皇2年(673)に勅願により創建。本尊の地蔵菩薩立像(重文)は、弘仁年間(810~824)に満米上人が地獄で出会った生身の地蔵菩薩の姿を、春日の神が刻んだものと伝わります。拝観できるのは境内のアジサイが見頃となる6月のみ。同時期に閻魔王坐像を安置する閻魔堂も開扉されます。

  • 大和郡山市矢田町3506
  • 0743-53-1522
  • 近鉄郡山駅から矢田寺前行きバス終点下車徒歩約5分
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當麻寺 奥院

十界図屏風(重文)写真:當麻寺 奥院

當麻寺 奥院(たいまでらおくのいん)

當麻寺は、奈良時代に中将姫が極楽浄土の様子を織り上げたという「當麻曼陀羅」で知られる寺。奥院はその塔頭のひとつで、宝物庫には、六道に悟りの世界である四聖(声聞、縁覚、菩薩、仏)を加えた十界図屏風(重文)や二十五菩薩来迎像などを安置しています。

  • 葛城市當麻1263
  • 0745-48-2008
  • 近鉄当麻寺駅から徒歩約15分
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