ちょっと奇妙なエピソードが語られたり、「お化け、幽霊、妖怪、鬼、化身、物の怪」などと呼ばれる正体不明の存在が描かれたり。奈良の各地には、不思議な言い伝えや昔話が残されています。こうしたお話を知ることも、それぞれの土地を深く感じられるようになる一つの手立てです。
妖怪かも知れない―
正体不明のものたちが描かれた奈良の昔話
奈良県各地で伝えられる怖い話に奇妙な話。不思議なことや困ったことが起こると、それは正体不明の存在によるものだと描かれることが多いようです。そして中には戒めや畏怖の念も込められているようです。
- 辻村住職
- 昔、元興寺(がごぜ)という言葉が日本中に広まったときは、お寺の名前だと知っている人は少なくて、むしろ鬼の名前として浸透しました。
- 逢香
- そうなのですね。
- 辻村住職
- お寺の名称がそのまま鬼、妖怪の名前になっているのは大変珍しいです。うちのお寺にいくつか鬼瓦があるのですが、古いものは鳥のようにも見える表情で、新しいものは角があるなど具体的な特徴が見られます。ヒトの中で段々と鬼のイメージが出来上がっていったのだなと感じます。
- 逢香
- 私は薄気味悪さに心惹かれて妖怪画を描き始めたのですが、「この妖怪が生まれる元になったものは何だろう。どんな状況だったのだろう」と考え、調べながら絵のイメージを膨らませています。これは日常の中で起きた不思議な出来事が妖怪たちの仕業とされたみたいだな、と思うことも多いですね。
- 辻村住職
- そうですね。鬼や妖怪、物の怪というのは、私たち人間世界が何かに戸惑っているときに現れるのではないでしょうか。社会的な装置として。
- 逢香
- 説明がつかないことは妖怪の仕業だと。
- 辻村住職
- そして例えば「鬼ごっこ」。あれは「鬼に見つかると、見つかった人が鬼になる」というルールがありますね。つまり私たち誰しもが鬼になる可能性があるということです。鬼や妖怪といったものは必ずしも単なる悪ではなく、むしろ身近なもの、愛しいものなのではないかと思いますね。
- 逢香
- そう言えば元興寺さんは節分の際「鬼は内」と言って豆まきをされていますね。
- 辻村住職
- その通りです。「鬼は内」と言えば、鬼の子孫だと言われる5つの家系が伝わる天川村もそうですね。ここでは鬼は追い払うものではなく、大事なご先祖様だから「お迎え」するわけです。ちなみにこの家系はそれぞれ苗字に「鬼」の字が含まれるのですよ。
- 逢香
- 興味深いです! そうそう、ここ元興寺さんの庭に小さな鬼の置物があるのを見つけました。あれは昔からですか?
- 辻村住職
- いえ、あの置物は3年ほど前からでしょうか。境内の5か所に置いてあります。
- 逢香
- 表情や姿勢がユーモラスで愛嬌たっぷりですね(笑)。親しみが湧いてきます。
- 辻村住職
- ぜひ5つの鬼を探してみてください(笑)。境内の外にも鬼にまつわる場所がありますので、合わせて巡ってみていただくと良いかも知れません。ならまちの不審ケ辻子(ふしんがづし)は元興寺の僧侶に退治されそうになった鬼が逃げて姿を消した場所、逃げた鬼が隠れた場所は鬼隠山(きおんざん)と呼ばれ、現在の奈良ホテル周辺です。また新薬師寺の釣鐘には引っ掻き傷のようなものがあり、これは「ガゴゼの爪痕だ」と伝わっているんですよ。
- 逢香
- 新薬師寺さんは学校のすぐ近くです。
- 辻村住職
- ご縁ですね(笑)。あなたが通っておられる学校の敷地は、もとは新薬師寺さんの敷地。あのあたりは強い祟りがあると伝えられた吉備塚古墳(きびづかこふん)や、玄昉(げんぼう)の首塚とされた頭塔(調査の結果、東大寺の仏塔だったことが分かりました)など、印象深い物語とともに伝えられる不思議な場所がありますね。
- 逢香
- たしかに。機械化や合理化が優先される中で生活していますが、妖怪のような得体は知れないけれどアナログなもの、また、そういう存在を伝えるお話に触れると、なぜか新鮮さと同時にほっとする気持ちもあります。時代を超えて大切にすべきメッセージがそこに込められているからかも知れません。
Profile
逢香
おうか
妖怪書家。奈良教育大学教育学部伝統文化教育専攻書道教育専修。逢香は雅号。書道教諭となるため大学で学ぶ中、書のお手本に描かれた妖怪の絵と出会い、模写を始める。
現在はオリジナルも手掛け注目を集める若手書家。
Profile
辻村 泰善
つじむらたいぜん
元興寺住職。ユネスコの世界文化遺産「古都奈良の文化財」のひとつとして登録された元興寺の住職として布教に努める。また元興寺文化財研究所理事長として文化財保存や地域振興にも精力的に取り組んでいる。
元興神がごぜ
邪悪な鬼を退治する雷を神格化して元興神と称す
「元興寺の鐘楼に悪霊の変化である鬼が出た。それを入寺した雷の申し子である大力の童子が退治した」という説話が残されています。そして、この話から、邪悪な鬼を退治する雷を神格化して、八雷神(やおいかづちのかみ)や元興神と称することになったと伝わっています。
元興寺の詳細は
社寺紹介へ寺つつき
嘴(くちばし)で寺中をつついて壊そうとするキツツキのような怪鳥
「討伐された物部守屋が寺つつきという怨霊となり、聖徳太子ゆかりの寺院を荒らしまわった。そこへ鷹がやってきて寺つつきを追い払った。この鷹は聖徳太子の化身だった」というお話があり、寺つつきの正体はキツツキの一種・アカゲラとされています。
法隆寺の詳細は
社寺紹介へ白粉婆おしろいばば
画僧たちのために苦労を重ね、お粥の接待をして功徳を積んだ老婆
十津川流域に伝わる老婆の妖怪。また長谷寺には「創建の際、僧たちの食事を十二分に賄った老女がいたが、ある時、姿を消してしまった。人々は観音様の化身だったと考え、着物と白粉をお供えするようになった」という昔話が「一箱べったり」という行事とともに伝えられました。長谷寺の境内にある、同寺草創のお堂・本長谷寺には現在も白塗りの仏様が祀られています。
長谷寺の詳細は
社寺紹介へ砂かけ婆
砂を振りかけて脅かす妖怪
砂かけ婆は誰にも姿を見せず、神社や森を歩いていると、砂をかけて脅かしてくる妖怪。古典でも描かれていないのですが、なぜかお婆さんと伝わります。廣瀬大社では、砂を雨に見立てた雨乞い神事「砂かけ祭」があり、砂をかけ合い五穀豊穣を祈願します。そこで、砂かけ婆の出身地は奈良県とされることもあります。
一本だたら
一本足で一つ目の山中に住む妖怪
紀伊山地で語られる一本だたらは通行人に悪さを働いたと伝わります。上北山村の伯母峯には、この妖怪を封じたというお地蔵様を祀る祠があります。またこの地では一本だたら=猪笹王という鬼神を指す場合もあり、この猪笹王を祀る祠も残されています。
伯母峯辻堂
- 吉野郡上北山村西原(伯母峯トンネルの出口)
- 07468-2-0001(上北山村役場)
- 近鉄大和上市駅から大台ヶ原行きバス「和佐又山登山口」バス停下車すぐ
土蜘蛛つちぐも
天皇に恭順しなかった土豪(どごう)たち
大和朝廷に抵抗した民、土蜘蛛と呼ばれた彼らの痕跡が御所市に2つあります。一つは葛城一言主神社に残る土蜘蛛を埋葬したという「土蜘蛛塚」、もう一つは高天彦神社からほど近い山中にある「蜘蛛窟」で、住処だった穴があったとされる場所です。
葛城一言主神社の詳細は
社寺紹介へ蜘蛛窟
- 御所市高天
- 0745-62-3001(御所市商工観光課)
- 近鉄御所駅から五條方面行きバス「鳥井戸」下車、徒歩約50分
JR・近鉄御所駅からタクシー約20分
近鉄御所駅から市コミュニティバス(西コース内回り循環)「高天口」下車、徒歩約15分