祈りの回廊

特別講話

「秀長公の菩提を弔い続ける大和郡山城下町の寺院」 春岳院
住職/薮中真弘 師

─豊臣秀長公の菩提寺として多くの方がご参拝されていると伺いました。
─豊臣秀長公の菩提寺として多くの方がご参拝されていると伺いました。
当寺は鎌倉時代中期の創建で東光寺という名前でした。広い境内にお堂が6つあったと言われています。のちに豊臣秀長公のお位牌(いはい)をお預かりし菩提寺となりまして、秀長公の戒名「大光院殿前亜相(※1)春岳紹栄大居士(だいこういんでんぜんあそう しゅんがくしょうえいだいこじ)」から春岳の二字をいただいて現在に至ります。大河ドラマで秀長公が主役になったことで秀長公やドラマのファンの方々はもちろん、秀長公に仕え、秀長公のお位牌を当寺に託した武将・藤堂高虎をお好きな皆様にもよくご参拝いただいていると感じております。
(※1)亜相:古代律令制の官職「大納言」の中国風の名称
─お位牌に加え、秀長公ゆかりの品々もおありだそうですね。
秀長公二百回忌の際に描かれたという「豊臣秀長画像」が伝わっております。二百回忌は当時の郡山藩主である柳澤家が春岳院で執り行い、この絵も描かせたとされます。秀長公が考案し江戸時代になっても続けられた郡山城下町の商工業保護政策・箱本制度で使われた「御朱印箱」や箱の中に治められていた数点の古文書も春岳院に残されています。そして秀長公四百回忌に市民の皆様の浄財で造られた「秀長公木像」ですね。秀長公は大和郡山の町の基礎を作った方であり、非常に穏やかな人格者だったとも伝わります。農民として生まれ成長し、のちに武将となった秀長公は、立場の違いや気持ちを理解し思いやれる方であり、だからこそ時代を超えて地域で慕われ続けているのではないでしょうか。
─改修されたご本堂に仏様がずらっと並んでおられて驚きました。
2040年に秀長公の四百五十回忌を迎えるのに向け、瓦が落ちて雨漏りし、数人歩くと床が抜けそうだったお堂を改修せねばと考えていたのですが、住職になった一週間後に大河ドラマについてのお知らせが突然あり、少し慌てました(笑)。多くの方のご尽力のおかげで改修が進み、2026年1月より皆様に安心してお参りしていただけるようになりました。お堂には、ご本尊・阿弥陀如来様をはじめとして、平安時代の仏様など含めたくさんいらっしゃいますし、境内に建つ七重石塔の下部にも奈良期の形式を持つ四方仏が彫られています。お参りいただいて、ご縁をむすんでいただけたらうれしく思います。

プロフィール

春岳院/
住職
 薮中真弘(やぶなかしんこう)師

大和郡山市の矢田寺大門坊に生まれ、2023年3月から春岳院住職を勤める。2040年の秀長公四百五十回忌に向け、境内の整備や「大和郡山を楽しんでいただけるように」との取り組みを行う。

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