特別講話
「始まりの地、葛城と鴨族」
高鴨神社
宮司/鈴鹿 義胤
- —古代の一大豪族であった鴨族発祥の地、葛城に鎮座する高鴨神社は日本最古の神社の一つ。全国にある鴨(賀茂・加茂)社の総本宮(もとみや)とされていますね。
- 鈴鹿宮司 鴨族が一族の守護神として主祭神、阿遅志貴高日子根命(あぢしきたかひこねのみこと)を祀ったのが当社です。鴨族はある種の霊的集団であったと言われますが、その背景には葛城の山で培った高い技術力がありました。平地ではなく山を支配した一族ですから天体観測や薬学の知識が深く、製鉄技術、農耕技術、交通手段である馬術にも長けていました。天孫降臨の神、ニニギノミコトに馬術を教えたのは鴨之大御神とも伝わります。修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)も鴨族ですし、陀羅尼助(だらにすけ)の薬はその役行者が生んだもの。天体観測は陰陽道にも通じ、安倍晴明の師匠で陰陽道を極めた賀茂忠行も鴨族でした。古代日本の発展に、鴨族はいろいろな形で貢献していたようです。
- —葛城から鴨族は各地へ移住し、高い技能を広めていったのですね。
- 鈴鹿宮司 なぜ、鴨族はこの地を離れたか。鴨族は争いを好まない一族でした。優れた製鉄技術から農耕器具を作って人々に与えることはしましたが、武器を作られるのを恐れて製造方法は明かしませんでした。すでに弥生時代の末期には、鉄を田んぼに刺して雷を落とし、土壌を電気分解して、収穫量を上げることもしていたようです。しかしどのように高い技術を誇ろうとも、武器を作ろうとはしませんでした。このことから一説では、戦から逃れて大和から移住したのではとされています。そして鴨族が移住した先は、実り豊かな村となりました。お米も野菜もたくさん穫れて、病気になれば薬がある。移動手段の馬の扱いにも長けている。平和を愛し、高い技能を持った鴨族は、行く先々で人々に受け入れられ、各地に一族の社、鴨社を建てることができたのです。
- —高鴨神社は絶滅を危惧されるニホンサクラソウのほとんどの品種、約500種を保護され、春には2,000株以上の花が咲き、参拝者の心を和ませています。
- 鈴鹿宮司 サクラソウは江戸期より貴族に愛好された花でした。明治天皇が京都の御所から東京へ移られる際、ともに移った貴族から秘蔵の花を託されて、曽祖父の代からコレクションが一気に増えたそうです。父はよく、サクラソウは楚々としてたおやか、花の風情が日本人の美学や精神性をあらわすようで、この地に合うのだと言っておりました。サクラソウは西日が苦手なのですが、世界の文明の発祥の条件は全て同じ、山の東側斜面、朝日を受けるところからはじまるのだそうです。天孫降臨の聖地である、始まりの地、葛城もまさにそう。人にも花にも命あるものに朝の光は大事なものです。この地を見ても、朝日を浴びて田んぼを耕す人々の姿は古代と何も変わりません。連綿と続く人々の生の営みです。とても尊いことをされているのだと感じますね。
- —奈良の「始まりの地」にある社を訪れる人へのメッセージをお願いします。
- 鈴鹿宮司 葛城の、この地に村ができて約三千年。代々、耕される田んぼは千年単位で連綿と続くもの。人々がこの景色を守ってこられたことを本当にありがたく思います。神社だけでなく、葛城の地は日本の核であったところ。この地で発生した鴨族は、人を助けることによって全国各地で受け入れられました。勢力を強めようとしたのではなく、日本古来の「共生」の考えですね。農耕や生活の方法など、皆さんが幸せになる技術だけを伝えて栄えたのです。都会からお越しになって、そんなことを感じていただけたらうれしいですね。社近くの県道30号線(山麓線)から見える景色は、縄文時代からほぼ変わっていません。神話の地に立ち、北を見れば、奈良時代に政治経済の中心地であった大和平野が一望でき、世界遺産を見下ろせます。背後を見れば古代からの霊峰、葛城山がそびえます。文化の発祥地である奈良を訪れてホッとして、魂のもとを感じていただけたらと思います。
プロフィール
高鴨神社 宮司 鈴鹿 義胤(すずか よしたね)1961年奈良県生まれ。
京都外国語大学卒業。
卒業後は商社に勤務するなどとともに、高鴨神社の神職として奉仕。
平成5年、宮司に就任。奈良県神社庁 副庁長を現任。
父方の鈴鹿家は京都吉田神社の社家で中臣氏。
先祖の中臣金連は天智天皇の右大臣で「大祓」の祝詞を作ったとされる。
現宮司は85代目に当たる。母方は鴨氏。
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