特別講話
「庶民信仰とならまち」
元興寺
住職 (公財)元興寺文化財研究所理事長 /辻村 泰善
- ―奈良時代には東大寺や興福寺と並ぶ南都七大寺の一つで、世界遺産にも登録されています。その深い歴史をお聞かせください。
辻村住職 元興寺はその名の通り、仏教の元を興した寺。飛鳥時代に蘇我氏が建立した寺で、もとは飛鳥にありました。平城遷都の際に、蘇我氏寺から官寺に性格を変え、奈良の都へと遷されました。寺地は平城(なら)の飛鳥と呼ばれ、「ならまち」のほぼ全域がこの旧境内にあたります。
奈良時代は国が管理する大寺として栄えましたが、以降は他の官寺同様に衰退しました。しかし、新たな特色とともに生き残ります。それは鎌倉時代に庶民に広まった浄土信仰でした。
浄土信仰は農村やまちでそれぞれに発達します。鎌倉時代のまちといえば、鎌倉と京都と奈良(南都)。奈良は「ならまち」で浄土信仰が浸透し、元興寺は「中世化」して「まちの寺」となり、浄土信仰や地蔵信仰など庶民信仰とともにある寺となったのです。
- ―「ならまち」は元興寺の旧境内にあり、いにしえから祈りの地であったのですね。そして元興寺には中世庶民信仰の貴重な資料も伝わっています。
- 辻村住職 戦後に解体修理をしたところ、ずいぶんと古い、奈良時代からのものも含む約10万点の資料が見つかり、信仰資料としては日本で最初の重要有形民俗文化財の指定を受けました。そこでお寺と一体化した元興寺文化財研究所を設置。
研究、整理に取り組んでいます。
仏教文化財を守り伝える寺として、仏法を楽しく解いて実践する。それが世の中を明るくするのだと信じています。海外の方にも、日本人が仏教に持つ思いを伝えられたらと思います。それが南都七大寺の中でも我が寺の特色ではないかと思っています。
- ―中世以降、元興寺で最も盛んであったのが地蔵信仰でした。
- 辻村住職 地蔵信仰とは何か。我々僧侶はお地蔵さんみたいな生き方が大事だと師匠である父が申しておりました。お地蔵さんは六道、すなわち天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道と、どこへでも行く。この世だけでなく、地獄の果てまでも何かがあったら助けに行く。呼んだら来てくれる。地蔵信仰は中世では大乗仏教の教えとともに南都に浸透し、お地蔵さんがたくさん祀られたそうです。資料には東大寺や福智院のお地蔵さんの名前も出ますし、「市の地蔵」との記載も残ります。まちのお地蔵さんもたくさんあったのでしょうね。この寺にも石のお地蔵さん、石塔含めて1,500以上が残っています。地蔵信仰の説話にこんな話が伝わります。歳の頃5、6歳の子が河原で石を積んだら鬼が来て崩していく。また積んでも、また崩していく。子は鬼に「今、生きているお父さん、お母さんの供養のためにする」と言う。鬼は「情けない。お前がなんでこうなるか。
生きている人が亡くなったお前の供養をしないからだ」と言って襲うと、そこにお地蔵さんが来て、助けてくれる。亡くなった子を我々に代わってあの世でも助けてくれるのです。この世でも武士が矢を射られても寺の地蔵に刺さるなど、代わって苦しみを受ける「身代わり地蔵」がいます。また、亡くなってあの世がどこか分からなくても、お地蔵さんが案内してくれる。そんな話がたくさん残る。それは我々僧侶がお地蔵さんみたいにならないといけないと思ったように、人々もまた、深い祈りの心で、お地蔵さんを求めているということなのでしょう。
- ―元興寺の「地蔵会万灯供養」は、地蔵信仰を今に受け継ぐ行事として息づいていますね。
- 辻村住職 境内に山のように積まれ、歴史の中で埋もれていた石仏や石塔を、一つずつ大事に並べて供養したことから始まりました。ここにあるものは檀家制度が成立する以前の中世からのもの。これを無縁仏とせずに、縁があると供養する。手を合わせる人も清々しい心持ちとなるものです。
この祈りの行事には火があります。人は火に感動するものです。それは魂のつながり、命のつながりを感じるからではないでしょうか。今、私があるのは先祖の火がつながっているからだと。灯明皿に祈願を墨書し、中には何々家先祖代々とか戒名なども書いて灯す。それで火が消えたら、消えてはいけないと、また灯す。これは庶民の中で息づいた、信仰の原点の姿ではないかと思います。高貴な人も庶民もみんな同じ、魂や命を感じて、偉大なもの、不思議なものに畏れを抱く。太古の昔と変わらない祈りの姿ではないでしょうか。
プロフィール
元興寺 住職 辻村 泰善(つじむら たいぜん)1952年奈良市生まれ。
1976年関西学院大学文学部美学科卒業。
1986年より真言律宗元興寺住職。真言律宗総本山西大寺教学部長、(社福)奈良いのちの電話協会理事、ボーイスカウト奈良県連盟わかくさ地区協議会会長、日本ユニセフ協会奈良県支部評議員、(一財)奈良市総合財団評議員、(公財)大和文華館理事、(公財)元興寺文化財研究所理事長
特別講話Special Interview
-
ダイジェストムービー
人が集い自然に感謝することが神社の始まり 丹生川上神社上社
宮司/望月 康麿 氏
-
ダイジェストムービー
考え寄り添い、真に平等な社会の実現を 壷阪寺(南法華寺)
住職/常盤 勝範 師
-
ダイジェストムービー
思い煩(わずら)いをお預けし、ともに祈り、今できることを 金峯山寺
金峯山修験本宗 管長・総本山金峯山寺 管領/五條 良知 師
-
ダイジェストムービー
導きの神様を祀り、遍(あまね)く人々の幸せを願う 飛鳥坐神社
宮司/飛鳥 弘文 氏
-
ダイジェストムービー
奈良は歩き景色を眺め思いを馳せて祈る場所 八咫烏神社
宮司/栗野 義典 氏
-
ダイジェストムービー
伽藍復興と千三百年の想いを未来へ取り次ぐ 薬師寺
管主/加藤 朝胤 師
-
ダイジェストムービー
仏・法・僧を守り、かまどの 神を祭り、大自然とともに 荒神社(立里荒神)
禰宜/林 正裕 氏
-
ダイジェストムービー
皆で助け合い、 この世に調和の世界を作ること 當麻寺中之坊
院主/松村 實昭 師
-
ダイジェストムービー
私たち一人ひとりが お地蔵様となり良き世を 矢田寺(金剛山寺)
山主/前川 真澄 師
-
ダイジェストムービー
貴重な森や神楽を通し、 地域の歴史を伝える 村屋坐弥冨都比売神社
宮司/守屋 裕史 氏
-
自分を見つめ、助け合い、尊重と融和の日常へ 櫻本坊
住職/巽 良仁 師 神職/巽 安寿 氏
-
聖徳太子の「和」の心を明日香村から伝え続ける 橘寺
住職/髙内 良輯 師
-
世に調和をもたらす風を祀る 龍田大社
禰宜/稲熊 憲彦 氏
-
日々、全世界が仲良くあれと願って 中宮寺
門跡/日野西 光尊 師
-
神仏習合の社 大改修に向けて 玉置神社
宮司/舛谷 武 氏
-
時を越え伝える 聖徳太子の和の心 法隆寺
管長/古谷 正覚 師
-
憂いを手ばなし、見つめ直そう 墨坂神社
宮司/太田 静代 氏
-
学び知って、皆で未来を切り拓く 東大寺
別当/狭川 普文 師
-
美しい十一面観音と、どこかユーモラスな子安延命地蔵を祀る 聖林寺
住職/倉本 明佳
-
各時代の善知識(ぜんちしき)によって守られた古刹 法輪寺
住職/井ノ上 妙康
-
聖徳太子らも手を合わせた日本最初の寺院 飛鳥寺
住職/植島 寶照
-
『記紀』に記された、日本建国の地に鎮まる 橿原神宮
宮司/久保田 昌孝
-
草創1300年記念事業の続く西国三十三所観音巡礼の札所 岡寺
住職/川俣 海淳
-
「観光から信仰へ」をかかげる文殊菩薩の霊場 安倍文殊院
執事長/東 快應
-
南朝の歴史を伝える古刹 如意輪寺
住職/加島公信
-
明治天皇の御願により後醍醐天皇を祀る社 吉野神宮
宮司/東 輝明
-
光明皇后の慈悲の心を受け継ぐ尼寺 法華寺
門主/樋口 教香
-
平城宮とともに発展した古寺 海龍王寺
住職 /石川 重元
-
水と芸能の神 峯本宮 天河大辨財天社
宮司/柿坂神酒之祐
-
修験道の根本道場 龍泉寺
住職/岡田 悦雄
-
始まりの地、葛城と鴨族 高鴨神社
宮司/鈴鹿 義胤
-
庶民信仰とならまち 元興寺
住職 (公財)元興寺文化財研究所理事長 /辻村 泰善
-
聖徳太子と毘沙門信仰 信貴山朝護孫子寺
信貴山真言宗管長/総本山朝護孫子寺法主 田中 眞瑞
-
水を司る衣食住の守護神 廣瀬大社
宮司/樋口俊夫
-
現代に受け継ぐ寺子屋の学び 長弓寺 円生院
副住職/池尾 宥亮
-
女人高野と桂昌院 室生寺
大本山室生寺 座主/網代智明
-
叡尊上人と一味和合の精神 真言律宗総本山 西大寺
真言律宗管長/大矢實圓
-
鑑真和上がつなぐ懸け橋 律宗総本山 唐招提寺
長老/石田智圓
-
藤原鎌足と多武峰信仰 談山神社
宮司/長岡 千尋
-
祭祀の場と『古事記』 丹生川上神社(中社)
宮司/日下 康寬
-
青年・空海と奈良 南都七大寺 大安寺
貫主/河野 良文
-
日本最古の神宮とご神宝 石上神宮
宮司/森 正光
-
中金堂を含む天平空間の再興 法相宗大本山 興福寺
貫首/多川俊映
-
仏教から見たおもてなしの心 法相宗大本山 薬師寺
法相宗管長/山田法胤
-
式年造替と、自然との共生 春日大社
宮司/花山院弘匡
-
和の精神と世界遺産 聖徳宗総本山法隆寺
管長/大野 玄妙
-
お参りの仕方とマナー 真言宗豊山派総本山長谷寺
法務執事/登坂高典
-
日本人の祈りの原点 大和一ノ宮三輪明神 大神神社
宮司/鈴木寛治
-
吉野の桜と修験道 金峯山修験本宗 総本山 金峯山寺
金峯山修験本宗 宗務総長/田中利典