特別講話
「聖徳太子と毘沙門信仰」
信貴山朝護孫子寺
信貴山真言宗管長/総本山朝護孫子寺法主 田中 眞瑞
- ―聖徳太子が開かれた毘沙門天王の総本山として知られています。
- 田中法主 毘沙門天王は七福神の福の神であり、仏教を守り、国を守り、社会を守る、四天王の最強の大将です。
聖徳太子の時代に我が国に仏教が入って来たのですが、反対派の代表格である物部氏と賛成派の蘇我氏や太子一派の間で大変な戦いになりました。その折りに、聖徳太子が戦勝を祈願されるやいなや、毘沙門天王がご出現されて戦勝の秘法を授けられた。勝利した太子は「信ずべし貴ぶべき山」として信貴山と名付けられ、毘沙門天王を祀られたとされています。
- ―楠木正成、武田信玄、上杉謙信など名高い武将たちが信仰した「武神」のイメージがありますが、毘沙門天王信仰についてお聞かせください。
- 田中法主 信貴山の本堂へお参りされると、本堂の中央に毘沙門様、向かって右に奥様の吉祥天、左に子どもの善膩師童子(ぜんにしどうじ)がおられます。これは家族円満こそが幸福の原点であると身をもって示されているのです。人と人の最初の出会いは家族です。家族が円満であれば、身体も健康となり、身体が健康であれば、勉学もよくできて商売も繁盛する。すべての現世利益の原点は家族円満から始まるという教えです。
寺宝で国宝の「信貴山縁起絵巻」にも登場する毘沙門天王のお使いのうち、法力で托鉢の鉢を飛ばす空鉢護法(くうはつごほう)は一願成就の守護神。醍醐天皇が病気になられた時に宮中に飛んだ剣の童子、劔鎧護法(けんがいごほう)は病気平癒の守護神として信仰されています。毘沙門様は必勝祈願はもとより、我々のあらゆる願いを叶えてくださいます。
- ―聖徳太子が毘沙門天王を感得したのは寅の年、寅の日、寅の刻。寅の月の2月に盛大に行われます「寅まつり」についてお聞かせください。
- 田中法主 毘沙門様の教えに多くの人に触れていただき、ご加護がありますように、ご縁を結びにお越しくださいとの思いで開くお祭りです。
不動心という教えがありますが、諸行無常の世は仮のもの。必ず滅びますので執着せず、それよりも仏様をしっかりと自分のものにつかみなさいという教えです。
例えば数字のゼロは仏教でいう空(くう)。般若心経の色即是空(しきそくぜくう)の空です。何も無いからゼロ。でもゼロ無くしては数字の世界は成り立ちません。ゼロはすべての数字を存在せしめる根本なのです。そしてこの世の根本であり、この世のすべてのゼロに当たるのが仏様であるという考えを仏教はします。すると、あそこにも、ここにも仏様がいる。あなたの中にも仏様がいらっしゃるのです。
ここ一番の勝負どきは百の力があってもなかなか出せませんね。でもそんな時、仏様がついてくださると思ったら心強い。本尊様を持っている人の方が強いんです。そして、現世利益はあくまで入り口だと知っていただきたい。ご利益を得てありがたいと思うことで、本尊様と縁が深くなる。すると身も心も自ずと正されていくのです。
今の人は、まず自分のことを考えます。人が見ていたら良い格好をして、見ていなかったら何をしても良いという社会になりつつあるようです。昔は悪いことをしたら仏様が見てはる、ご先祖さんが見てはるよと戒めたものです。本尊さんには、いつも見られているのですから、そんなことでは良い結果は出ませんよ。人の間と書くように、人間は1人では生きていけません。人間は何のために存在しているかというと、お役に立つために命を頂戴しているのです。毘沙門様がなぜご利益をくださるか。それは社会でそれぞれの役回りが務められるようにと授けてくださるのです。ご利益を得た人は社会に返す。またそのような人にこそ、ご利益が授けられます。このような考えが少しでも多くの人に伝われば、人も社会も、だんだんと良くなっていくのではと思います。
- ―現代に生きる我々日本人に、メッセージをお願いします。
- 田中法主 人間は悩んだり苦しんだりすることが、ある面ではプラスになります。
紅葉も厳しい寒さを経験してこそ、良い色が出るのです。生きていれば辛いことは、いっぱいある。でも、乗り越えられるものしか与えられません。必ず乗り越える力があるのです。今は修練の時だと思って祈りましょう。
そして日本の素晴らしい文化、宗教を自分のものとしてください。かつて日本人は朝起きたら神棚に手を合わせ、仏壇に手を合わせ、祈りの時を持っていました。まずはそこから始めてみませんか。ご先祖さんを大事にして、良いご利益をもらいましょう。悩む時も、苦しい時も、自分の力だけでは厳しくともご先祖さんと毘沙門様のお力で乗り越えれば、必ず良い人生の花を咲かせられるのではと思います。
プロフィール
信貴山真言宗管長/総本山朝護孫子寺法主 田中 眞瑞(たなかしんずい)1944年大阪市生まれ。
1970年高野山大学院修士課程修了。
1976年信貴山真言宗宗務長・総本山朝護孫子寺執行長を拝命。
1983年大本山千手院住職就任。
1994年信貴山真言宗管長・総本山朝護孫子寺法主に就任。
信貴山観光協会理事長、奈良家庭裁判所調停委員、奈良少年刑務所篤志面接委員、平群町人権擁護委員などを歴任。
信貴山真言宗大本山千手院貫主。
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