特別講話
「式年造替と、自然との共生」
春日大社
宮司/花山院弘匡
- ―春日の森に包まれて建つ、鮮やかな朱塗りの社殿。平城遷都の際、都の守り神として創建された春日大社。60回目の式年造替を平成27年に控え、まずはその意義について花山院宮司にお話しいただきました。
- 花山院宮司 春日大社では、創建以来20年に一度、式年造替といって御殿の建て替えを行っています。平成24年は伊勢神宮と出雲大社で「式年遷宮」が行われました。同じ意味なのですが、神様がお移りになることをとって「遷宮」、お社を建て替えることで「造替」と言っているのです。
なぜ建て替えるのかということですが、私たちも新しい家に住み、新しい家具をそろえ、おいしい食事ができれば大変心地良いでしょう。神様にも美しさを保ち、力を保ち、私たちを守っていただくために造替をするのです。
文化や技術の継承という側面もあります。宮大工になるのに15、6歳で修行を始め、10年経って一人前になる。30歳で棟梁になり、最後に、自分の技術や祭りについて次代に伝える。そのために最適な期間が20年なのです。
人から人へ直接伝えることによって、活字にされていない「行間」を伝えられる。信仰、建物、技術のどれにも、経験からしか伝えられないことがあるのです。
- ―1300年もの間、途切れることなく受け継がれてきた式年造替。往時と変わらず神聖な佇まいが保たれているのは、そのおかげでもあるのですね。
- 花山院宮司 応仁の乱で全てが焼けてしまった際、政治も信仰も滞り、伊勢の遷宮は130年近く行われませんでした。ですが、大和は京に近かったため、20年で造替するところを30年、つまり10年我慢するだけで済んだのです。
恵まれた地にあって、神様をお守りすることと、人々の思いと感謝とが持続されながら共に千年以上伝わってきている。これは大変素晴らしいことです。
私の10年や20年は、それ自体は大したことではありませんが、しなければ途切れてしまう。形だけでなく心をも、いかにして次代へ引き継ぐか。私が今そう考えているように、未来の人もそう思うのでしょう。
- ―藤原氏の氏神・氏寺として、春日大社は奈良、平安時代を通じ、興福寺と一体となって祭祀を行ってきました。今も正月2日、春日大社の日供始式(にっくはじめしき)には、興福寺の僧侶が参拝してお経をあげています。
花山院宮司 明治時代の神仏分離まで続いた神仏習合というものですが、ただ、よそと違うのは、春日の神様は大変力が強いということです。春日のほかは伊勢もそうですが、一体化というより、仏様が寄り添ってこられている。仏様を春日の神様がお守りするという形です。これはどちらが強いとか偉いとかいうのではなく、境界がはっきりあるということ。
日供始式でも、お坊さんは本殿を取り囲む瑞垣(みずがき)から奥へは入れません。入ることができるのは皇室の方か神主だけなのです。
- ―草を食む鹿がそこかしこで見られるのに加え、春日大社の奥には、千年以上も人の手が加えられていない春日山原始林が広がっています。春日大社を訪れると、自然との共生が強く感じられ、現代の日本人が学ぶべきことがあるように思います。
- 花山院宮司 春日の神様は大変慈悲深く、一度でも信仰した人は罪を犯しても普通の地獄には落とさず、春日野の下に構えた地獄へ送られた。そうして、やがて引き上げてくださったと、鎌倉時代の絵巻「春日権現験記(かすがごんげんけんき)」にあります。
また春日大社の東にある御蓋山(みかさやま)は古来、神のおわす山として信仰を集めてきました。森が育む水は私たちの命を支え、青々と茂る木々に神が宿ります。雨が降り、落ち葉の間からゆっくりと染み出てくる水に栄養分があることを、昔の人は知っていました。全ての生き物が大切なのですが、神様が乗ってこられたということで頂点に鹿がいます。人と自然、動物が共に生かされ、幸せに命を紡いでいける。日本古来の神道の考え方を凝縮し、それを具現化したのが春日のお社のあり方なのです。
プロフィール
春日大社宮司 花山院 弘匡(かさんのいん ひろただ)1962年、佐賀県生まれ。85年、國學院大文学部神道学科卒業。奈良県立奈良高校などで地理を担当、2008年から春日大社宮司。花山院家は藤原道長の孫で関白師実の二男家忠を祖に11世紀末に創立。五摂家に次ぐ九清華家の一つで旧侯爵家。宮司は第33代目当主。
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