特別講話
「和の精神と世界遺産」
聖徳宗総本山法隆寺
管長/大野 玄妙
- ―法隆寺は、日本で最初に世界文化遺産に登録されたお寺です。世界遺産に認定されることの意義と、それがもたらす平和社会について、お考えをお聞かせください。
- 大野管長 1993年に法隆寺と姫路城が文化遺産に、屋久島と白神山地が自然遺産に登録されました。文化と自然の違いはありますが、その接点は平和。両方とも、平和がもたらされなければ守れません。受け継いできた遺産を守ろうとするなら、争いを断ち切らなければならないことにすぐ気付くでしょう。
世界遺産となった自国の文化を知り、学ぼうと努力する中で、他国の世界遺産についても理解しようという気持ちが起こります。文化を理解することは、それを育んだ風土を理解すること。平和をもたらすためには対話が必要ですが、相手の文化や気持ちを理解しなければ真の対話はできません。世界遺産登録を機に、世界中が互いの文化や風土を知ろうと思うことで真の対話ができるようになり、それが平和をもたらす一つの材料になると思います。
- ―平和と言えば、聖徳太子が十七条憲法にうたった「和を以て貴しと為す」が思い浮かびます。太子の説いた「和」の精神を、私たち現代人は日々の生活にどう生かしていけばよいのでしょうか。
- 大野管長 この言葉には「忤(さから)うこと無きを宗(むね)とせよ」と続きがあり、自然の成り立ちに逆らわず、調和しながらうまく営むことを願っています。現代はものすごく自然に逆らって生きているように思いますが、必要以上に自然を痛めつけてはいけません。
十七条憲法にはまた、「篤く三宝を敬え。三宝とは仏と法と僧なり」とあります。修行をする人は「仏」になることを目指し、達成するための方法や計画が「法」。「僧」は共に力を出し合う仲間です。これは国でも組織でも、全て今の私たちにあてはめて考えられます。同じ目標を持ち、到達するための計画を立て、力を合わせる。最小単位は家族ですが、そうしたことがきちんとできていれば、おかしな家族にはならないと思います。
- ―太子の説かれた精神は、今の時代にこそ見直されるべきものなのですね。
- 大野管長 太子が用いられた言葉で、もう一つ大事なものが「和光同塵」です。仏様がその優れた知恵の光を和らげて私たちの俗世間に交わり、その中で人をお救いになることを指します。どこに行っても御仏の光は私たちに注がれているのですが、普段はなかなかそれに気付けません。そこで私は、観光をしてほしいと思うのです。
観光とは本来、御仏の光を求めてあちこちを巡ることを指します。寺や神社に行くと、心がふと洗われるような、心のスイッチが切り替わるような思いがしませんか。それは御仏の光を感じているのです。
奈良には世界遺産をはじめ寺社が多く、そうしたスイッチが入りやすいところが多い。祖先や先人の思いや心に触れてみたいという気持ちを持って参拝していただければ、心を洗い清める役割は十分に果たせると思います。また、そうした場を提供するのが私たちの務めだと思っています。
- ―法隆寺は日本が世界に誇る「木の文化」の象徴です。世界遺産として守っていくことで未来につなげるものは何かを、最後に教えてください。
大野管長 法隆寺の回廊の柱には、傷んだ根元を切り取って新しい木に替える「根継ぎ」や、部材の隙間に木を埋めて繕う「埋木」が施されています。飛鳥から現代まで、柱一本一本に各時代の人々の技、気持ちが染み込んでいる。木を切るのは殺生ですが、千年を生きた木の命を頂いたことに感謝し、愛着を持って守り継いでいくことで、私たちは木に、次の千年の命を与えることができるのです。
この「木の文化」を継承する林野庁「古事の森」事業の一環として、法隆寺ではヒノキの植林を地元の小学生と行いました。植えた木がきちんと使われるのか、何百年も先のことですから保証はありません。けれども、一番大事なことは、文化財を守るんだという意思を持って子供たちが植えてくれたこと。この精神性こそ次代につなげ、大切にすべきものだと思っています。
プロフィール
法隆寺 管長 大野 玄妙(おおの げんみょう)1947年、大阪府生まれ。72年 、龍谷大学大学院修士課程修了。3歳から聖徳宗総本山法隆寺に住み、小学3年生で得度。93年、聖徳宗宗務所長・法隆寺執事長・法隆寺昭和資財帳編纂所長に就任。法起寺住職、法隆寺住職代務者、聖徳宗管長代務を歴任、99年から聖徳宗第6代管長、法隆寺第129世住職。
特別講話Special Interview
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