特別講話
「吉野の桜と修験道」
金峯山修験本宗 総本山 金峯山寺
金峯山修験本宗 宗務総長/田中利典
- ―桜の名所・吉野山は、修験道の聖地でもあります。金峯山寺はその総本山なのですが、まず、吉野と修験道との関わりについて教えてください。
- 田中総長 修験道は、日本古来の山岳信仰に神道や仏教などが融合してできた日本独自の宗教です。大峰山山上ヶ岳で修行されていた役行者が、衆生救済を祈願して仏の出現を念じていたところ、釈迦如来、千手観音菩薩、弥勒菩薩が相次いで現われます。悪魔を降伏し、強い力で導いてくださるお姿を求めてさらに念じ続けていると、憤怒の相もすさまじい蔵王権現が、岩を割ってお出ましになったのです。
権現の「権」というのは「仮」という意味で、仏が神の姿を借りて現れたことを意味します。つまり、神と仏の融合したお姿ということです。役行者はそのお姿を山桜の木に刻まれ、山上本堂(今の大峯山寺)と山下本堂(今の金峯山寺)に祀られました。以来1300年間、神や仏を分け隔てなく尊んできたのが修験道なのです。
- ―ご本尊を刻んだ吉野の桜は、ご神木として大切にされてきました。
- 田中総長 崇めるだけでなく、吉野を訪れる人たちが一本一本、信仰の証として桜を献木し、それが山や谷を埋め、名所となったのです。庶民が花見を楽しむようになったのは江戸時代からですが、平安時代に「御岳詣で」と称して多くの天皇家、豪族たちが山上ヶ岳に登られたように、それ以前から吉野の「花見」は、信仰の形としてあったのです。
信仰によって守ってきた吉野の桜も、明治時代の神仏分離、修験道禁止の影響で寺の管理地を離れてからは、その守り方は観光のためへと変わってきました。けれども「吉野の桜」は、かつての日本人が、神と仏と先祖とともにその土地で暮らし、畏れの心を抱きながら生きてきた象徴なのです。
近代は何でも人間中心に推し量る風潮がありますが、自然とともに生き、死んできた日本人の心のありようを、その象徴のような桜を守る中で見つめ直していければと思います。
- ―お話を伺っていると、吉野の桜を守るということは、ただ景観を保護することにとどまらず、生きるヒントにもつながるように感じます。
田中総長 山の中で修行しますと、自然の厳しさ、ありがたさを体感します。吉野から熊野まで毎日13時間行ずる「大峯奥駈修行(おおみねおくがけしゅぎょう)」では、掛け念仏を唱え、拝みながら歩きます。
山へ入っていくうちに拝む対象は祠から岩になり、石になり、太陽、空になる。山は神仏のいます場所であり、そこへ入らせていただく、修行させていただく、というとらえ方ですね。自然の中に自分を超えた普遍、永遠を見て手を合わせる。これがもともと日本人の信仰のあり方なのです。
近代以降、グローバリゼーションの名のもとに、一つの価値観での画一化が進められてきましたが、本当の普遍性とは、それぞれの土地の風土を大事にすることではないでしょうか。欧米原理を全否定はしませんが、私たちの帰属するものをなくすと、生き方を見失ってしまいます。
- ―この地が熊野、高野山とともに「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界文化遺産に登録されて2014年で10周年です。今後に向けた思いを聞かせてください。
田中総長 世界遺産に登録されたのは、それがその地域や国を代表する唯一無二のものである、だからこそ世界で共有すべき宝なのだと認められたからです。異なる宗教が道を通じて融合し、自然の中で大事にされながら並立してきた。一つの価値観でくくる一神教へのアンチテーゼですね。次の時代を考えた時、多様なものを受け入れる精神性が大きな意味を持つことに欧米の人たちは気付き始めた。日本人にももっと気付いてほしいと思います。
自然を基盤に、神仏を分け隔てなく尊んできた信仰心。それに気付かされるものが奈良には、吉野にはたくさんあります。吉野の桜を見て、そうしたことに思いを馳せてもらえればと思っています。
プロフィール
金峯山修験本宗 総本山金峯山寺 宗務総長 田中 利典(たなか りてん)1955年、京都府綾部市生まれ。70年 、金峯山寺にて得度。79年、龍谷大文学部仏教学科卒。81年に総本山金峯山寺奉職、金峯山修験本宗教学部長、総本山金峯山寺執行長等を経て2001年から現職。吉野・大峯の世界遺産登録を最初に訴え、登録後も吉野ユネスコ協会副会長を務めて地域の歴史性や聖地性の復興、環境保全に尽力を続ける。主な著書に「修験道っておもしろい!」(白馬社刊)「はじめての修験道」(共著、春秋社)など。
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